津田 正盛(つだ まさもり)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士・尾張藩士。家紋は織田木瓜。

略歴

岩倉織田氏・織田信安の四男として誕生。

文禄3年(1594年)、徳川家康に初御目見後、大坂へ向かい豊臣秀吉に仕える(610石)。秀吉死去以後は家康に召し出され、関ヶ原の戦いでは東軍に従軍する。その後、松平忠吉附属となる。忠吉の尾張国清洲入府の際、先方案内したうちの一人である。清洲越しの後、大坂冬の陣・夏の陣に従軍した。徳川義直へ年頭拝謁の時、織田家の古家であることから必ず附家老成瀬氏、竹腰氏よりも先の待遇であった。

嫡子がなく、兼松正成の次男の正方を養嗣子にし、隠居する。隠居後に実子の信明が生まれ、津田家を実子相続させる願いを残す。

寛文元年(1661年)4月30日病没。享年79。正方が家督相続するが、正方の死後、願い通り実子の信明が家督相続し、織田家の血筋が続くことになる。

系譜

  • 父:織田信安
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 次男:津田信明
  • 養子
    • 男子:津田正方 - 兼松正成の次男

脚注

参考文献

  • 『士林泝洄』
  • 『藩士名寄』

津田正 オフィシャル ブログ 『心の詩』

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第3回 社会人特別講義 津田正之先生

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